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大阪地方裁判所 昭和38年(行)40号 判決 1965年11月25日

原告 岡田竹治郎

被告 農林大臣

訴訟代理人 石川博 外一名

主文

原告の訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立て

(原告)

一、別紙第一目録記載の土地につき、被告が昭和三二年三月一日松宮丈太郎に対してした農地法八〇条に基づく売払いの処分は無効であることを確認する。

二、被告が前項土地につき原告に対して売払処分をする義務のあることを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

本案前の申立て

一、本件訴えを却下する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

本案の申立て

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因

一、別紙第一目録記載の土地(以下第一土地という)は原告の所有であつた。被告は、国が昭和二三年三月二日自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条に基づき買収して管理していた第一土地を、同三二年三月一日農地法八〇条に基づき、訴外松宮丈太郎に売り払う処分をしたが、この処分は無効である。

二、自創法・農地法により買収した国有の農地が、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とするに至つた場合は既に右の公共的目的を喪失したものであるから、国はかかる土地を保有する合理的根拠を有しないのである。

農地法八〇条は、右の場合に農林大臣がその旨の認定をして右土地を売り払うことを定めたが、同条二項によりまず買収前の所有者に売り払う旨を宣言した。前所有者は公共目的のために所有地に対する権利を犠牲にすることを強いられたのだから、右公共の目的が存在しなくなつたときはまず最初にその回復を認めるのが公平に合するからである。

従つて右認定をした以上は買収前の所有者に売り払うべき職責を有するのであつて、裁量によりこれを拒否しうる性質のものではない。

三、被告は、訴外松宮に対し農地法八〇条に基づいて売払処分をしたものであるから、買収の目的である公共性即ち自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的が存しなくなつたことを認め、従つて第一土地が同条一項に該当するとの認定をしたことは明らかである。よつて被告は第一土地を買収前の所有者である原告に売り払うべく、農地法施行令一七条に規定する通知をする義務がある。しかるに被告は原告に何らの通知をなさずにこれを訴外松宮に売り払つた。

四、原告に対する右通知を欠き、従つて原告の農地法八〇条によつて認められた先買権を奪つてなされた右訴外人に対する売払処分は重大なるかしがある。

また原告が買収前の第一土地の所有者であることは登記簿上明らかであり、原告に対し農地法施行令一七条の通知がなかつたから右かしは明白である。

よつて右売払処分の無効確認、および、被告が原告に第一土地の売払処分をする義務のあることの確認を求める。

第三、被告の本案前の抗弁

一、売払処分無効確認請求の訴えについて

原告主張の農地法八〇条に基づく売払処分は存在しない。

大阪府知事が昭和三二年三月一日訴外松宮に対し別紙第二目録記載の土地(以下第二土地という)を農地法三六条に基づいて売渡処分をしたのであるが、右土地の所有権移転登記申請の際に、登記原因を「農地法三六条に基づく売渡し」と記載すべきところをあやまつて「農地法八〇条に基づく売渡し」としたため、そのまま登記がなされた。

しかし被告は訴外松宮に対し農地法八〇条に基づく売払いをしていない。

従つて行政事件訴訟法三八条の準用する同法一一条の規定により被告は当事者適格を欠くから原告の本件訴えは不適法として却下を免れない。

二、売払処分の義務確認請求の訴えについて

大阪府知事が前記の農地法三六条に基づく売渡処分をしたので、被告はその後同法七八条による管理をしていない。従つて同法七八条一項の規定による管理を前提とする同法八〇条の売払いは不可能であるから原告の本件訴えは不適法として却下を免れない。

第四、被告の本案の答弁

請求原因事実中昭和二三年三月二日自創法三条に、基づき国が原告から原告所有の第二土地を買収し、被告が昭和三二年三月一日まで第二土地を管理していたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

理由

一、売払処分の無効確認を求める訴えについて

第一の各土地につき原因を農地法八〇条による売払いとして、訴外松宮に所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

本件記録に添附の登記簿謄本と弁論の全趣旨を綜合すれば、第一の各土地は第二土地を分筆したものの一部(以下本件土地という)であつて、訴外松宮は本件土地の一部を更に第三者に転売してその旨の所有権移転登記手続を了していることがうかがわれる。

このような場合に右売払いが無効であるとすれば、原告としてはこれを前提として現在の法律関係に関する訴え(国から訴外松宮に対する本件土地の所有権移転が原告主張の如く無効であるとすれば、原告は、国、訴外松宮、およびその他の所有名義人を相手方として、国が本件土地を所有することの確認の訴え)を提起することにより、その目的を達することができるものと考える。

このような方法が他に存在する以上は、法律行為の無効確認の訴えは、それが私法上のものであると行政処分であるとにかかわらず、確認の利益を缺くものであつて許されない。右無効確認の訴えは不適法であつて、却下を免れない。(行政事件訴訟法三六条参照)

二、売払い義務存在確認の訴えについて

国が昭和二三年三月二日自創法三条に基き原告所有の本件土地を買収したこと、被告が同三二年三月一日までこれを管理していたことは、当事者間に争いがない。原告は、被告が同日頃、本件土地につき農地法八〇条一項の認定をしたと主張し、前記のとおり売払いを原因とする所有権移転登記も存在するが、被告は右登記は売渡しを原因とするものであると主張しており、弁論の全趣旨と合せて考えると右登記の存在によつては右主張事実を肯定できなく、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

原告は、農地法八〇条により認められた旧所有者の先買権を奪われたとして、被告に対し売払処分をする義務のあることの確認を求めるが、右訴えも不適法である。同条は、農地法(自創法を含む。)により国有となつた特殊の普通財産を管理処分するにつき、特別の方法を定め、農林大臣にその権限を付与したものであつて、いわゆる売払いは私法上の法律行為であり、公権力の行使に関するものではない。同条二項による旧所有者の権利は、これが原告主張の如く先買権としても、または、土地収用法一〇六条による旧所有者の買受権と同様に買戻権としても、しよせん私法上のものであり、農林大臣によつて代表せられる国の義務も私法上のものであると解せられる。農地法八〇条二項を同条一項と関連せしめて考えても右売払いを行政処分その他の公法上の義務と解することができない。右のとおりとすれば、右義務確認の訴えについては行政事件訴訟法の適用がないから、行政庁は訴訟につき当事者能力を認められなく、このような訴えは国を被告として提起すべきである。

結局農林大臣を被告とする右訴えは不適法として却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民訴八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 前田覚郎 木村輝武 白井皓喜)

(別紙省略)

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